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★僕の愛しい欠片たち★ [小説★僕の愛しい欠片たち★]



   僕の愛しい欠片たち
    
      ★
「僕は誰かのために自分を変えることはしないさ」
「ふん」彼女は鼻先で笑った。
二人を乗せた車は、左に黒い海が広がり
潮風を受けて傾いた松並木の砂埃の舞う道を走っていた。
月が昇り海面に金色の道を描き始めた。
「今だ・・・・・」助手席の彼女の手がハンドルに触れた瞬間
「散ってこそ花だ」彼の掌が彼女の頬を掠めた。
タイヤの軋む音と共に車は止まった。

      ★
彼女は一人砂浜に座り指先からこぼれ落ちる砂を見つめていた。
さらさら、さらさら・・・・・ふと気付くと後ろに
血に濡れた仔犬を抱いた少年が立っていた。
砂の音は少年の足音だったのだ。
「寄こせ」
彼女は少年の手からナイフを取り上げると
自分の上着のポケットに入れ仔犬を砂の上に置いた。
月は昇りきり白い闇と微かな波の音が砂浜を包む。
「掘れ」
少年はまだ幼さの残る手で砂を掘る。
「もう、いい」
彼女は仔犬を抱き上げると鼻に唇を寄せ息をして無いことを確かめ
「脱げ」
少年はセーターを脱ぎ彼女に渡した。
彼女は少年のセーターで仔犬をくるみ穴の中に寝かせ
砂をすくっては少しずつ仔犬の上にかけていった。
「君もやれ」
砂が仔犬の姿を消していく。
彼女は拾い集めた貝殻を砂の上に十字架のように並べた。
少年は声も出さず泣いている。
彼女は膝をついて少年の涙を頬で受け止めていた。
少年の髪はまるで仔犬のように柔らかい。

      ★
「何をしている」
突然頭の上から声がした。
彼女のバッグを手に彼が立っていた。

 この光景は・・・彼は頭を振った、記憶の糸が手繰り寄せるその時を。
 母の白い影が父の部屋の扉の中へ消えて行く。
 彼は引き出しの奥からナイフを取り出すとズボンのポケットに入れ
 足音を忍ばせ外へ出た。
 「どうせ僕の足音なんて聞こえやしないのにさ」
 そこで記憶の糸が切れる。

     ★
立ち去る彼の姿が闇に消えると
彼女は上着を脱いで上半身裸の少年に放り投げた。
歩き始めた彼女の後を間を置いて少年も歩く。
街が近づくと振り返って彼女は言った。
「此処からは一人で行け」
光の中に消えていく少年の後姿が彼の姿と重なって見えた。

      ★
冷たい風が吹いた。
彼の車が寒さに震えている彼女の横に止まった。
彼女は走り去る車を見つめている少年の姿に気付かなかった。
車中の暖かさに彼女は眼を閉じた。
あの仔犬はいつか潮に曳かれて星になる。
「ぁ・・・・・」彼女は小さく叫んだ。
少年が着た自分の上着のポケットには
仔犬の血に濡れたナイフが入ったままだった。

      ★
彼女は深い眠りの中で夢を見ていた。
幼い頃、泣きながら庭の片隅に埋めた濡れた金魚の背中が赤く光っている。
金魚の姿が血に濡れた仔犬の姿に変っていく。
「おいで」
素直に少年は彼女の傍らに立った。
彼女は抱きしめた少年の上着のポケットからナイフをさりげなく取り出した。
「これが自分の優しさ」
夢の中で彼女はそう思った。

      ★
 彼は途切れた記憶の先を確かめたい。
 「母の優しは自分自身を守るためにだけにあるのさ」
 「あぁ・・・母さん、僕だけの母さんなのに」

      ★
彼は上着のポケットに手を入れナイフを握り締め彼女の首に当てた。
彼女の白いセーターが赤く染まっていく。
宙を舞うバックミラーには白い仔犬を抱いた少年の姿が映っていた。
「所詮、この世はあの世の写し世、逃れられはしないのさ」。

      ★
それから数年後、彼と彼女は結婚し、男の子を授かった。
庭には白い仔犬が無邪気に戯れている。

          by えありす

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